深淵セラフ 1-1

深淵セラフ

【1】終焉の時

 人間が長年にかけて研究している『実験』がある。

 それは《天使》を生み出す『実験』。

 《終わりのセラフ》の『実験』だ。

 この物語はそれを完成させ、蘇らせるための物語――

 “では、ない”。

 この物語はここでは終わらない。『偽り』のまま。『架空』のまま。終わることは許されない。

 旧聖書には載っていない。載せることさえ憚られ『偽り』『作り話』として排斥され、そして架空の神話として語り継がれた物語の《神》が目覚めるからだ。

 目覚めれば、今度こそ世界は……破壊し尽くされた全ての世界が終わる。

 ならば、《禁忌》を与えなければいい。だが、それだけではいつしか《顕現》する。

 実際は、殺せばこの物語は終わりだ。

 そうすれば、《神》の力の全てが霧散して、《神》本体は正式に《輪廻の輪》をくぐり、人間になれる。

 厄災の存在は、『もう一匹の根源』と呼ばれる存在は、完全に『過去』のものになる。

 だから《神》はここで、ヒトのまま、死ななければならない。首を刎ねれば世界は永劫安泰だろう。

 殺せば。殺せば簡単に終わる。

 さあ人間。

 さあ吸血鬼。

 さあ生成り。

 さあ真祖よ。

 どうする?

 どう動く?

 本当ノ《私》ヲドウシテクレルノデショウ?

 

 その結果が、これ。

 知られることがなかった、知ることさえ出来なかった、知ることを禁じられた……

 深淵から眺めるだけだった怪物の、筋書き通りの計画は、この時を以て完遂した。


 いきなりだった。

 三つの術式を改良し、それを発動させるべき場所が、かつて一瀬グレンという人間が《終わりのセラフ》を発動させた場所・『東京駅』だということが分かった、その直後だ。

 瞬く間に、半数の吸血鬼と研究員が殺された。斉藤や、ウルドでも、反応できない速度でだ。

 その惨劇を引き起こした張本人は、今、目の前で対峙している。

 それは人間だった。他の吸血鬼に捕縛された身のはずなのに、対等のように接していた……百夜優一郎という人間。その人間が、『ミカエラ』という鬼の武器を手にして、この場にいた半数を殺した。

「これは、どういうつもりだ? 優くん」

 斉藤が睨みつけながら問う。

 その問いにすぐに答えず、優一郎は完成した術式を手にしてしまう。

 すぐに動けなかったのは、殺気が場を支配しているせいだから。一歩動けば自分の首が飛ぶ。そう本能が告げていた。

 回収し終えた優一郎は、あっけからんとした様子でこう言った。

「大丈夫だ! 俺らが殺しちまった連中も、これから全蘇生してやるから! へーきだ!」

「……は?」

 その言葉に声をあげたのは、生き残った吸血鬼の一人だった。斉藤もウルドも、声を上げることすらできない。

「貴様……こんなことをして、本当に全蘇生できると思っているのか⁉︎」

 普段、冷静沈着なウルドが怒声を上げる。それを聞いた、こちらに怒りを向けられていないはずの他の吸血鬼たちは恐怖で震え上がる。

 しかし、それでも優一郎は普段通りの笑顔を向けて、宣言するように言う。

「ああ、出来るぜ。だから感謝してる。お前らのおかげで、絶対に成功できるようになったんだ。

 ……人間は、大切なもののためなら、鬼にも悪魔にでもなれる。そこをどいてくれ」

 まるで落ち着かせるように。

 その一連の様子を見て、斎藤含めた吸血鬼たちは震えた。ウルドの怒声よりも、より恐怖を感じてしまう。

 人間にしても、この行動は異様で、狂っていると感じたからだ。

 まるで、底が見えない大穴を覗き込んだような……

 鬼とも、天使とも、人間とも違う、別のバケモノのようにしか見えない。

 そう考えていると、『ミカエラ』という武器から声がした。

「優ちゃん。そろそろ行かないと、時間がない」

「お、やっべ。急がないと」

 と言う会話を聞いて、斎藤は声を上げた。

「その人間を殺せ‼︎ ここから逃すな‼︎」

 あまりの気迫に、他の吸血鬼たちはようやく動き出した。

 その中で真っ先に動いたのはウルドだ。建物を幾つも薙ぎ払った剣を使って、全力の一撃を放った。

 しかし。

「よっと」

 軽い声が、この部屋の出入り口に聞こえた。

 全員が振り返ると、何事もないように優一郎が着地していた。

 避けた。ウルドの剣技をあっさり避けてしまったのだ。

「じゃ、俺らは行くよ! 安心しろ! 絶対にお前たちを救ってやるからな!」

 そう言って優一郎は去った。

 常人ではあり得ない速度で、あっという間に吸血鬼たちの前から消えた。

 斉藤が悔しそうに叫んだ。

「くそッ! 信用するべきではなかった……! まだ真祖の計画の中か‼︎」

「リーグ! 急いで追うぞ‼︎」

 ウルドがそう叱咤する。

 分かっている。

 分かっている分、何かが恐ろしく感じてしまう。

 何か、何かが……途轍もない恐ろしいモノが、迫っているような……

 そう考えていると、外の警備をしていた吸血鬼が入って来る。

「ウルド様! レスト様! 大変です!」

「どうした⁉︎」

 レストが問うと、その吸血鬼は息を切らしながら報告した。

「に、人間ですッ! 脱走した人間が、ここを攻めてきましたっ‼︎」

*********

 渋谷本部付近。

 吸血鬼が強奪したこの地に、日本帝鬼軍が攻め入った。

「行け! 今が絶好の機会だ! 吸血鬼を殲滅するぞ‼︎」

 どうしてこのタイミングで人間が。

 誰も彼もがそう思った。ここを制圧した時、半数以上もの人間を殺した。戦力が残っているわけがない。

 動揺している吸血鬼。

 だが、落ち着きを取り戻したウルドは、早々に宣言した。

「総員、戦闘体制に入れ! 人間たちを殲滅して追うぞ‼︎」

 その声に応えるように、吸血鬼たちは一斉に外へ出た。

「行け‼︎ 人間どもを皆殺しにしろ‼︎」

「このバケモノめ‼︎ 貴様らが死ね‼︎」

 互いに罵り合い、そして殺し合う。

 それに終わりなんて、なかったのだ。

【続く】

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