では早速、物語を切り拓くとしましょう。
深淵を覗く時、深淵はまたこちらを見ている……
「……?」
目が覚めた瞬間、痛いほどの『白』が視界を覆った。
それは壁も天井も床も、まるで無機質な光そのもののように真っ白だった。
違和感を覚える。ここはどこなのか? なぜ、こんなにも白に囲まれているのか?
何かを話す声が聞こえる。
「なぜ、こんな子供が無傷であの火事から生き残れたんだ?」
「いや、そもそもこの子供には国籍も出生記録もない。名前も年齢も分からなければ、焼死したあの夫婦が本当の親なのかすら分からない」
「出生記録無し、国籍不明、年齢不明、本名不明……“因子”すらない。これではどうしようもないぞ」
話の内容から、どうやら“僕”の事だろう。正直、自分のことは全く分からない。
強いてわかることと言えば、“親に殺されかけた”だけ………
コクセキとか、ネンレイとか、知らない言葉が飛び交う中。
唐突に、声が聞こえた。
「下がりなさい人間。その子供は、“人間”ではないよ」
その声に振り返った白衣の人たちが、驚いた。
「なっ⁉︎ 吸血鬼⁉︎」
「斎藤は何をやっている⁉︎ 早く、応援を……‼︎」
きゅうけつき?
今まで寝ていたせいなのか、それとも言葉の意味が分からないせいか、この人たちが何を言っているのかが分からない。
わたわたと騒ぐ中、女の人の声が聞こえた。
「騒がないで。彼女は私が連れてきたの」
その女の人を見て、周りの人達はまた声を上げた。
だが今度のは『驚き』ではなく、『怒り』の声だった。
「ひ、柊真昼‼︎ 貴様、吸血鬼と手を組んだのか⁉︎」
「裏切り者め‼︎」
女の人のほうは、まひるっていうんだ………。
“僕”はぼんやりとそんなことを考えながら、話を聞いていた。
「この少年について、■が詳しく知っているから連れてきた。ただ、それだけよ」
「何?」
白衣の人たちが、声を上げた。
“僕”のことを知っている人が、きゅうけつきなんだ………。
「だから、話を聞きましょう」
「……」
周りの人は、まひるの話に納得したのか、大人しくなった。
すると、
「“彼”は、_______。今は、人間の子供だけど、本来は、『神そのもの』と呼ばれる、偽神にして本当の神……_____よ」
と、誰かの名前と、『通り名』であろう名前を、きゅうけつきは言った。
“三つ”とも、なんて言ってたのか、分からない。
「_____? _____……? なんだそのふざけた神は?」
「聖書に載っていない。そもそも『架空の神話』で出てくるキャラクターだろう……デタラメを言うのも大概にしろ」
唐突に言った、人の名前であろう意味の分からない言葉。正直、“僕”もその人が何者なのか分からない。
けど、
「ふふ、そう言われても当然。なんせ“彼”は、『偽り』『空想』『語るは罪』『聞くは罰』として全ての神話、伝説から排斥された“絶対なる禁忌”そのもの。それを人間に伝えれば、間違いなく世界は滅びる……聖書に載っていなくても、『架空』と言われても当たり前ですよ」
「なっ」
「それに、“彼”を『ふざけた神』なんて言わないでくれない? 殺すよ?」
なんでだろう。今日ここで初めて聞いたばかりで聞こえていないはずなのに。
どこか、“耳に馴染むほど懐かしく感じた”。
「だけど」
不意に、『少年』の顔が“僕”の視界に入った。
真っ白な短髪に、深紅の瞳。
そして、『少年』とは思えないほど、綺麗な顔だった。
「お、おい!」
“僕”の近くに『少年』が寄ったことがいけないことなのか、大人たちは慌てた。
「落ち着いて。■は何もしないわ」
だけど、まひるが止めた。大人たちも、顔をしかめていたが、まひるの言うことを聞いた。
目の前の『少年』は、言う。
周りの……まひるにも聞こえない声で、言う。
「本当に人間化しちゃったんだ……強引に此処に踏み入ったせいで、あの時のあの姿も、瞳も、何もかもが変わっちゃった…………一時的にとはいえども、あなたがあなたでなくなってしまったのが、私は悲しい」
そういう『少年』の顔は、本当にひどく悲しそうだった。
彼が何を言っているのかは分からないけど、その人のことを、本当に大切に思っていたんだ……
“僕”は、その人が羨ましい………
「■■■。そろそろ本題を」
まひるが、『少年』を呼ぶ。
「…………ええ、分かっています。別の部屋で話しましょう」
と言って、『少年』とまひるは白い部屋から出て行ってしまう。
その直後、唐突に睡魔が“僕”を襲った。“僕”はその睡魔に耐え切れず、眠ろうとする。
だけど、悲しみを押し殺して無理矢理笑みを浮かべた『少年』の顔が、どうしても忘れられなかった。
だから、“僕”は眠りにつく直前に、彼に向けて、言った。
「……おやすみ」
◆
「うぁ……あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ‼︎‼︎‼︎」
一人の少年が絶叫を上げ、禍々しい双翼が生えた。
ここは名古屋空港。
この場で、日本帝鬼軍本隊とサングィネムの吸血鬼軍との戦いが勃発し、帝鬼軍が君月未来を利用して《終わりのセラフ》を発動した。
混沌とする戦場。制御された《終わりのセラフ》が呼び出した『滅びの悪魔』〝アバドン〟により、人間も吸血鬼も蹂躙されていく。
その中で少年――百夜優一郎は瀕死の状態で、自らの鬼呪装備『阿朱羅丸』を自身に突き刺して、自発的に《終わりのセラフ》を発動させた。
轟く絶叫。同時に立ち上った火柱。
それを見て、親友の百夜ミカエラは黙ってはいなかった。
「クルル‼︎ 優ちゃんを助けたい‼︎ 僕は……どうすればいい⁉︎」
クルル――吸血鬼の女王にして第三位始祖、クルル・ツェペシに向けてミカエラは叫ぶ。
「……」
しかしクルルは無言のまま、火柱を凝視していた。
その真紅の瞳の奥に、見定めるような感情を宿しながら。
そして。
第五ラッパの《終わりのセラフ》が呼び出した滅びの悪魔『アバドン』。
それを撃破した〝塩の王〟と呼ばれる《終わりのセラフ》は、空から人間たちを見下ろしていた。
「――終わりだ。人間が生み出す欲望の連鎖は、今日、全て塩の柱に変わる」
世界の終焉をそのセラフは告げる。が、目の前から何かの気配を感じ、前の空間を見た。
だがそれは幻影であろう。眼球を力で犯して現れていると察しが付く。
そう。そこには……黒鬼である、『阿朱羅丸』が宙に浮いていた。
阿朱羅丸は、天使の内に引き摺り込まれた、「百夜優一郎」に語りかけるように言った。
「殺すな、優。君の欲望は、そんなことは望んじゃないはずだ」
それに〝塩の王〟は阿朱羅丸に向けて問うた。
「誰だ。貴様は」
「黙れよ天使。お前に話していない」
一喝した阿修羅丸はそのまま「優一郎」に話す。
「手を貸すよ、優。コイツを制御してみよう」
そして「優一郎」の腰に差している、自分の本体である刀を指し示した。
「僕を抜け。完全な鬼になれば、天使を制御できるかもしれない」
その時初めて、〝塩の王〟は怒声を上げた。
「黙れ! 人間はもう終わりだ!」
阿朱羅丸も対抗するように、〝塩の王〟よりも大きく声を発する。
「さあ、欲望を叫べ! 鬼を! 僕を受け入れろ‼︎」
刹那。
――ピクッ
「!」
「優一郎」の指が、動いた。だがそれは天使の意思ではない。
内に無理やり封じた、「優一郎」の意思で動いていた。その手が、刀に触れようとする。
それに、《終わりのセラフ》塩の王は叫ぶ。
何かを焦るように叫ぶ。
「止めろ‼︎ 止めろ人間ども‼︎ もうこれ以上“禁忌”に触れるなぁ‼︎」
と。まるでそれは、悲痛な悲鳴のような叫びだった。
その様子を一部始終見ていた、『生成り』の一瀬グレンは笑みを浮かべて、冷酷に言った。
「やれよ、優。“禁忌”に触れろ。みんなに愛されたい傲慢なお前には、それが出来る」
直後、刀が手に触れ、握る。
それを見た鬼も、冷酷的に笑う。
「お………………」
「優一郎」が声を発する。瞬間、鬼の象徴である『角』が二つ生える。
そして「優一郎」は叫ぶ。
天使を追い払うように、邪魔なものを排除するように、絶叫した。
「俺は‼︎ 家族を救うんだあああああああああああああああああああああああああああああああ‼︎‼︎‼︎」
握った刀を抜き、そのまま自分の体に刺した。
そう、全てはここから本格的に始まったのだ。
とある天使が殺されたのも、
とある天使が堕天したのも、
《終わりのセラフ》が発動したのも、
世界が滅んだのも、
人間の欲望が加速したのも、
《終わりのセラフ》が覚醒したのも、
《百夜優一郎》が現れたのも、
全てはある天使たちが、
神の元へ帰るための光を集めるために、
浴びてしまったかの存在のチカラを、
知らぬ間に使ってしまったところから。
ソレ故ニ『狂気』ガ溢レ出シ
天使タチハ『狂気』ニ侵サレテ死ンデイッタ。
ある天使が、
光を集めるために使用してしまった、
チカラの代償をなんとかしようとして、
そのチカラで知らぬ間に、
かの存在の魂を核に使って、
『ミカエラ』を創ってしまったところから、
全てが始まってしまったのだ。
故ニカノ存在ガ完全顕現スルタメノ準備ガ整ッテシマッタ。
この物語はとうの昔に、『魔王』の掌で踊らされていた。
気がついた時には既に遅く、神はもう、その星に手出しすることすら出来なくなっていた。
天使たちが知らぬ間に、その存在に手を出してしまったことによって、
かの存在が、意図的に与えてしまったことによって、
“コレ”は避けられぬ運命だったのだ。
そう。この話は。この物語は。
かの存在――『魔王』が、降臨する物語だ。
【1】へ続く
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